マンボウまでの道のり

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2012年5月2日の秋田魁新聞の一面中央

2012年5月2日の秋田魁新聞の一面中央にワタミの記事が出た。

ワタミさんは陸前高田市に深く絡んでいる立場・・・
高田は何をしているのか・・・。

秋田でアクセルを踏むと言われているぞ・・・。震災地こそ、こう
言う取り組みが花を結ぶべきだろうに・・・。しかし国の補助金と
来るから、どこまでもワタミさんは・・・。


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2012年5月2日(水) 08:35

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白石茂(白石食品工業社長)氏との盛岡夜の思い出。

随分と昔しに、白石パン・白石茂社長と私と美栄子と、私が本当に良く通っ
ていた岩手県盛岡市の菜園にある、アルセーヌ・ルパンで、このレコードを
掛けてもらって、なんじゃこの曲・・と言いましたら、白石社長が、高橋君
、これだ、リズムエースだよっ!!と言われて、即刻・復刻版のCDを買いまし
た。

好きな曲です。本当に好き。

何と・・・中古の新品のように再生された小さいレコードを見つけて買いま
した。再生するとまあ、素敵です。あの時の白石茂社長と三人の夜、カクテ
ル、アルセーヌの香りが蘇ります。鈴懸の経(すずかけのみち)でした。

実は岩手県平泉の毛越寺にも、鈴懸の経と言う小径があります。良く歩いた
もんです。あそこは・・。


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2012年4月26日(木) 16:01

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岩手県君主に駿馬を寄贈したい。

被災した企業さんや、個人、事業主さんには、補助金・助成金が整備され
て来ている。不十分だと思いますが・・・。内陸から三陸に行き、仕事を
立ち上げようと言う所への助成金、補助金、はほとんどゼロ。まして自然
エネルギーとして、風力発電には、全く何一つも無い。

自然エネルギー関係のパンフレットから風車の絵とか写真と言う物を、削除
して欲しいもんだなあ〜・・・なんて・・愚痴ってしまいました。

私の場合は助成金を欲しては居ないが、欲している企業は沢山あると思う。
三陸に元々いる企業さんの復活と、現在の住民方々だけで無く、外からも
企業が沢山入って来て、共に何かを作り上げる、創業者も増やすベンチャー
支援制度とか・・、それも一つの復興の形としては、あるように思われるが
、なかなか施策は多くは無い。

時間と共に、風化するのは人間も自然も摂理、あと数年もすれば、媒体も、
全国的にも、三陸・岩手の被災への気持ちも無くはならないが、どんどん
薄くなるのは、世間の常。責められない。

企業立地も、誘致、創業、あらゆる経済活動を産み出す所にも、手を入れ
て行かないと、結果として三陸の復旧は進めど、復興は進まないと言う事
にもなるように感じる。

復興の意味「いったん衰えたものが、再びもとの盛んな状態に返ること。
また、盛んにすること。再興。「災害から―する」「伝統工芸を―する」」

ここの、元の盛んな状態と言うのが難しい。
元はどうだったのか・・・盛んだったか。これから盛んにする?ん・・相当
に戦後のような頑張りが必要だし、何より「頭脳」が必要だ。身体は頭で動
いている。

我が故郷の岩手県が、鈍足で無い事を願いたい。南部藩と伊達藩の境目は、
岩手県の殿様はのんびり牛で行き、伊達藩主は馬で走り、出会った所を境目
にしようと決めたのだと、物の本で読んだ事がある。そんな訳は無いで
しょ・・・と笑ってバカバカしい・・ははは・・と過ごして忘れていました
が、何だか思い出してしまった。岩手県が牛に乗って行かないで欲しい。私
は牛年で、牛肉の産地で、大好きだが、育てて食べる事や、乳絞りに留めて
乗らないで欲しい。

是非とも、岩手県主君には、駿馬に乗って欲しい・・・。馬産地、競馬のあ
る国だから。

秋田県は太陽光はもちろん、風力にも、取り組みがそもそも激しい。東北電
力では、木質チップを使い、発電のコストダウンや、地域の木工産業への原
材料展開等、凄く進んで来ている。こちらに来て見て、秋田県のある部分の
凄さを感じている。

私は政治は全く解りませんが、とにかく岩手県三陸への経済活動支援策は、
宮城県よりは、とてつも無く遅れているように感じる・・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120419-00000039-mailo-l03

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2012年4月20日(金) 08:45

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美しき日本の心とは。

一番良く気仙の事を書いていると感じたブログに出会いました。最近、高橋
和良さん、私達は南部では無く、伊達藩だから・・とか気仙地区の方々に言
われます。が、私は岩手県立博物館にて、気仙が伊達藩になるきっかけを随
分と前に知っており、実は気仙は独立したと言って良いのか、葛西と言う統
治領土で、秀吉時代に伊達になったのでした。

出会ったブログ
http://kesenfes.com/blog/?p=192

ある意味、南部でも無く、伊達でも無く、独立していた時代があり、それは
、それで凄い事だったなあ〜と私は思う訳です。独自文化、気質もあったの
ではと思いたいです。

伊達に吸収されたのが嬉しくで、南部出身の人に、俺達は伊達藩だったから・・
と言うのかなあ。M&Aして大きな会社に合併されるのが嬉しい感覚と同じかな。
元より大きくなった事が、ようするに大きな物・組織に属する事が、自分が
大きくなったと思えて好きになるのかなあ。

白石隆(白石パン専務)が私にいつも言っていた大好きな言葉。
「会社が大きいと言う事と、貴方が素晴らしいと言う事とは必ずしも一致しな
い。逆のパターンの方が、実は多いのだ・・・・と。」
今でも大好きな言葉の一つで、私の教訓でもある。

しかし、良く考えれば伊達になった時代だって、随分と過去・・。南部とか
伊達と言う事よりは、岩手県人、岩手県人と言うより、北東北人、北東北人
と言うより、東北人、東北人と言うより日本人です・・と言うような、グロ
ーバルな仕事を経験させて見たいもんです。

私は紫波郡で産まれましたが、盛岡は都会だとか、県南で暮らした時には、
盛岡とは違う・・とか、色々とありました。が、就職は東京本社、そして仙
台転勤、そして西日本・・そして米国。

東京に行きましたら、福島・・と言われただけで、おおうう〜東北人と抱き
合う。仙台に行くと秋田県の人とは、何なによ〜同じ北東北じゃん・・と、
まるで隣の家の人感覚。西に行って、その言葉東北?と言われて、岩手・・・
そう、あんりゃ〜私は栃木だよっと言われて、何だ栃木か・・そこじゃん・
まるで近いと言う感覚になるのが不思議なもんだ。

そして渡米しましたら、当時一度も行った事の無い熊本県民の人と、おおう
日本同志ですね〜と抱き合ってしまった。

     「故郷は遠きにありて想う・・・」石川啄木

盛岡に帰れば、高橋さん高校は何処出身??。岩手の何処・・から始まる。
東京で創業者の頃には、出身の前に、最初に何が出来るの、何をしたい
の・・。

渡米したら、高橋さん何が夢なの・・・と聞かれる始末。夢を持って無い
と通用しない国。

そして、やはり岩手に帰れば、何処の出身から始まる。

三陸に移転・移住し、後に、私は南部だ・・とか、伊達だ・・と言う世界・・
になるのかなあ〜・・・・いや、私は高田だ・・大船渡だ・・・と言うさらに
小さいエリア感覚になるのかなあ〜・・・。もっと高田市か、米崎か・・・・
だったら、辛いなあ〜。

悩む感覚の一つは、そこだ・・・。私は高田人の前に岩手県人。気仙人の恩
を受けて小さいけど成功した岩手県人なのだ・・と思っています。

実は、この田沢湖に大きな蜂蜜屋さんがあり、そこの社長宅が隣です。
引っ越す前に挨拶したら、私はここではよそ者なんです。もう14年にもなり
ますが・・と。よそ者?、はあ何処の県出身ですか?と聞いたら、上桧内・・。

えっ!!、ここから車で30分程度の所、そこから来て、よそ者?????。
ここは怖い所だな、回りと関わらないようにしよう・・・そして2年半経ち
ましたが、ほとんど関わってません。

この町一番と言うような成功者の蜂蜜屋さんが、何と30分以内の場所から湖畔
に引っ越して、私は14年経ってもよそ者と言われてます・・・には卒倒しまし
た。田舎の良い部分と、悪い部分、ここは悪い部分を持つ田舎だな、慎重に・
と痛感した3年前の出来事。

今度は・・震災・被災地だから、そう言う事は小さいだろうと考えますが、ある
程度の覚悟だけは、して置かないと駄目だろうなあ〜・・。

地域と関わるには、そのような気持ちを奥底に沈め。岩手県人の前に三陸
人と言う小さい枠組みに入らなければならないだろう。やはりマイヤの社
長、米谷春夫氏は中学から盛岡市に住み、そして三重県で働いて来た人、少
しだけ感覚は違う。だからきっと、あの時代、あの頃、一緒に歩き回った
のだろうなあ。

高橋和良君、大船渡に住んだらと最初に言われたのは、何が理由なのか・・
・高田には戻らないと当初言っておられたのですが・・理由は存じてますが
とても書けません・・・。高田に家を建てられる事になったそうです。
やはり産まれ育った故郷に。当初に陸前高田最大の成功者が帰りたく無いと
言わせる理由・・・・。

今、陸前高田市のスーパーはマイヤさんだけになってしまいましたから。
あんなに頑張って復旧し、あの建物が何十人の命を救っても、多くの人達が
今は・・・しか無い・・・、独占だ・・・、高い・・・、あそこにばかり優遇
して・・と言う言葉が出る。

被災して、母を失っても、なお地域にスーパーが無いと食が手に入らないと
インフラが・・と奔走する社長が気の毒だ。心なき事を地元の人は言わない
で欲しいもんだ。



      「熱さも喉元過ぎれば・・・」


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2012年4月7日(土) 16:03

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岩手の復興住宅が登場する。

復興住宅
復興の意味を調べました。
(一度衰えたものが、再び盛んになること。また、盛んにすること。)

気仙大工が作ったような家が流され無くなり、家族も亡くなった方々が、こ
のデザインと価格、内容は細かくは解りませんが、復興する為の住宅。四季
を感じる、海と共生する、時代と時代を継ぐ・・暮らす事が楽しく、そして
生きる勢いが出て、再び盛んになる、そう言う意味の住宅が、この価格で手
に入る、これは本当に素晴らしい。感動的な施策だ。流石に日本・岩手!!。
拍手を送りたい。

早く見てみたい。助成金があってこの価格だろうけども、あまりに、うたい
文句が素晴らしく夢がある。私は被災者では無いのですが、被災者以外も可
能と書いているが、申し込みにくいなあ・・何だか復興と言われても・・被
災して無いから・・。設計の高橋晃さんと、リームス・ホームさんに聞いて
もらおうっと。今回のが復興住宅に入れるのか・・・。この復興住宅を建て
れる方々が羨ましい。復興・・とにかく早く見てみたい。

期待を裏切る結果のような住宅ならば、被災者をどう思っているの
か・・!!・・と言う事に結果としてなるだろう。被災者が可哀想・・。復興
と言う言葉は、「重い」。この重い言葉を軽々と使うはずが無い・・・。
そんな岩手県人は少ないだろう。内が親戚がやられている・・人間にとって。

「岩手県型復興住宅」岩手型は、きっと他県とは大きく違うだろう。岩手型
、何処が、どう、何が岩手型なのか、期待が高まる・・・。天才的な人達が
岩手の住宅は他県と違い、こうだ・・となったのだろう。一般人の頭の悪い
私が考えるようなレベルとは大きく違う驚きが隠されているのか・・・。

しかし、本当に素晴らしい「復興」住宅の企画に期待が大きく膨らんだ記事
でした。


以下、岩手日報社さんの記事。

4月7日(土)
「復興住宅」1千万〜1700万円 10日から受注開始

 県内の住宅関係団体や県で組織する県地域型復興住宅推進協議会
(会長・村上勝郎県建築士事務所協会長)は、被災者向けに手掛ける
「岩手県型復興住宅」について、一般住宅の標準価格を決めた。4モ
デルがあり、1千万〜1700万円。県産材を活用し、県内業者が供
給する地場の住宅として10日から受注を始める。価格も抑え、被災
者の早期の自力再建を後押しする。

 一般向けは▽家族構成に合わせて自由な間取りができる「時代と時
代を継ぐ家」(2階建て、119・23平方メートル)が1700万
円▽漁業者の作業用などの土間がある「海と共生する家」(2階建て
102・67平方メートル)が1500万円▽小家族・単身向けの「海
と共生する家2」(平屋建て、66・25平方メートル)は1千万円▽
増築しやすい「四季を感じる家」(2階建ての場合、117・58平方
メートル)は1600万円―とした。

 価格は設計段階の標準価格で、被災者個人の要望や予算に合わせ、
部屋の広さを変更するなどして抑えることも可能だ。発注は被災者以外
も可能。問い合わせは同事務所協会(019・651・0781)へ。



記事サイト
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20120407_3

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2012年4月7日(土) 12:15

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2012年3月26日 秋田県にてセミナーの講師を依頼されました。

断っても、断っても、何度も何度も頼まれて・・・。
根負けしました。やるしか無いな・・・・と。
秋田県には、何もお役に立って無いし・・・と。
少しは役に立たないと。


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2012年3月19日(月) 14:35

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2012年3月18日の、秋田魁新聞の記事。

私が最も楽しみに待っているのが、内館さんの記事だ。
今回も、本当に納得と痛感の記事だった。
他県の方々にも読んで欲しいので著作権を無視して掲載。


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2012年3月18日(日) 10:35

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大船渡の椿について。

大船渡市碁石にて撮影。

この神社、椿の真横・裏と言って良いのか道路隣が及川宗夫氏の自宅。
津波被害にて壊れた場所です。及川氏とは私は25歳後半からの付き合い。
消費税の施行の年、夜明けを待つPOSシステムの導入を一緒にやったマイヤ
の元取締役でした。本当にマイヤに世話になりマイヤで成長の階段を登っ
た私の人生でした。

その彼の家の隣が、これです。
25年前に彼の自宅に行った時には・・・気づかなかった・・・。

1,400年前の日本最古の椿です。千年以上前って平安かな・・いつだ・・・。
信じられません。樹齢400年とか言って騒いでいるレベルじゃ無いです。

椿を山に植えて、椿地帯を作りたいのが、今の及川氏の夢なそうです。
孫子の代になって椿の山が名所であり産地にしたいのだと夢を語ってます。

私は山を手に入れ、木を植えて、椿畑にして及川氏に育ててもらい(行き
ている間には無理・・かあ〜・・やはり孫子の代なのか)まして、その数
十年後には、椿オイルの産地に。

これを使い、パスタ・ソース、魚缶詰オイル・ソース版、お菓子、と創造
して見たい。私達が死んだ後に咲く花を見たいもんだなあ。

この地はホタテの養殖の発祥の地でもあるんです。一人の男が揚力稲田を
開発したそうなんです。石碑は小さく建っています。凄まじい日本の養殖に
一歩を刻んだ方なのに・・・ほとんど知られてない。

及川氏は計算尺で岩手一位になり、高校は盛岡一高、国立秋田大学の工学部
、そして(株)出光で商品開発、その後地元・親の元に帰り、(株)マイヤに入
社、そして若き取締役になって定年。

現在61歳です。どうれ山でも開拓すっかなあ古き友と共に、古木を作るっか。

こんなに素晴らしい事、事業化しないと。勿体ない。
この1,400年の木、椿、ここは椿の里にしにないと・・・。勿体ない。



静岡のお茶畑は美しいですし、観光スポットにもなっています。
愛媛のみかん畑もです。花で有名な場所も沢山あります。

が、それが商品になっていたり、全国に有名なパッケージになっていた
りと産業、ビジネスと密接に結びついていないと、なかなか・・・。

この椿を使って、沢山の商品開発をするのも、同時並行なんだろうなあ〜・・・。

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2012年2月21日(火) 10:42

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2012月02月19日  庭先にて・・

食堂の前、音楽室の前、玄関の前、沢山の雪壁の前に、何カ所・・
何十箇所かなっ。

小さいアップル型のカマクラを作って、そこにロウソクを付けて、夜
に子供達と音楽をかけながら楽しみました。

今年の昭和55年以来の寒波で、凍り付く日々、除雪の日々は本当に大変
です。家の前は今年は除雪の時間も人も少なく断念して、もう凄い事に
なっていますが・・がその雪で、少しは楽しまないと・・・と。

でないと雪国を嫌いになってしまう・・から。

音楽室の脇


食堂ベランダの前


音楽室の前

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2012年2月21日(火) 03:13

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薩摩人の教えとは。

柳沢 健太郎さんと言う方が、フェースブックで紹介していた記事。
薩摩人の教えとは。





なかなか武士道だなと感じる。
男の順序と言うよりは、人間としての順序と言いたい所だが・・・。

やはり女性の場合には・・・しかし生活の中でも小さい挑戦、小さい
成功の積み重ねと言う事があるように思う。それが家庭の厚み、一家
の厚み、しいては一族、家柄の厚みとなるように感じる。

この教訓は男に限った考え方では無いと私は感じる。

だが、ここであえて言わせて頂くと、私の経験からですが。
一と二は距離が凄まじくあるように思います。
そこには、我慢する、耐える、それを成功するまで続けれたと言う
事の、しつこさ、揺るぎなさだと思います。意欲と意思、やり抜く
強い思い、そう言った事なんだと思われます。2番はやはり全ての
部分で欠落があった時に、失敗するのだと私は感じています。

一番は狭き道、だからこそ価値も高い。誰もが達成出来る事では
無いから。これに僕は2番だな一番は解るけどさ、とか一番は成功
しても分析出来ない事だよね・・と言った人がいるが、素性を聞く
と何も成功と言える価値をした事の無い人間だった。

やはり一番こそ男の目指す所。
そして夢であり、ロマンであると私は考える。

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2012年2月9日(木) 09:59

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