一番良く気仙の事を書いていると感じたブログに出会いました。最近、高橋
和良さん、私達は南部では無く、伊達藩だから・・とか気仙地区の方々に言
われます。が、私は岩手県立博物館にて、気仙が伊達藩になるきっかけを随
分と前に知っており、実は気仙は独立したと言って良いのか、葛西と言う統
治領土で、秀吉時代に伊達になったのでした。
出会ったブログ
http://kesenfes.com/blog/?p=192
ある意味、南部でも無く、伊達でも無く、独立していた時代があり、それは
、それで凄い事だったなあ〜と私は思う訳です。独自文化、気質もあったの
ではと思いたいです。
伊達に吸収されたのが嬉しくで、南部出身の人に、俺達は伊達藩だったから・・
と言うのかなあ。M&Aして大きな会社に合併されるのが嬉しい感覚と同じかな。
元より大きくなった事が、ようするに大きな物・組織に属する事が、自分が
大きくなったと思えて好きになるのかなあ。
白石隆(白石パン専務)が私にいつも言っていた大好きな言葉。
「会社が大きいと言う事と、貴方が素晴らしいと言う事とは必ずしも一致しな
い。逆のパターンの方が、実は多いのだ・・・・と。」
今でも大好きな言葉の一つで、私の教訓でもある。
しかし、良く考えれば伊達になった時代だって、随分と過去・・。南部とか
伊達と言う事よりは、岩手県人、岩手県人と言うより、北東北人、北東北人
と言うより、東北人、東北人と言うより日本人です・・と言うような、グロ
ーバルな仕事を経験させて見たいもんです。
私は紫波郡で産まれましたが、盛岡は都会だとか、県南で暮らした時には、
盛岡とは違う・・とか、色々とありました。が、就職は東京本社、そして仙
台転勤、そして西日本・・そして米国。
東京に行きましたら、福島・・と言われただけで、おおうう〜東北人と抱き
合う。仙台に行くと秋田県の人とは、何なによ〜同じ北東北じゃん・・と、
まるで隣の家の人感覚。西に行って、その言葉東北?と言われて、岩手・・・
そう、あんりゃ〜私は栃木だよっと言われて、何だ栃木か・・そこじゃん・
まるで近いと言う感覚になるのが不思議なもんだ。
そして渡米しましたら、当時一度も行った事の無い熊本県民の人と、おおう
日本同志ですね〜と抱き合ってしまった。
「故郷は遠きにありて想う・・・」石川啄木
盛岡に帰れば、高橋さん高校は何処出身??。岩手の何処・・から始まる。
東京で創業者の頃には、出身の前に、最初に何が出来るの、何をしたい
の・・。
渡米したら、高橋さん何が夢なの・・・と聞かれる始末。夢を持って無い
と通用しない国。
そして、やはり岩手に帰れば、何処の出身から始まる。
三陸に移転・移住し、後に、私は南部だ・・とか、伊達だ・・と言う世界・・
になるのかなあ〜・・・・いや、私は高田だ・・大船渡だ・・・と言うさらに
小さいエリア感覚になるのかなあ〜・・・。もっと高田市か、米崎か・・・・
だったら、辛いなあ〜。
悩む感覚の一つは、そこだ・・・。私は高田人の前に岩手県人。気仙人の恩
を受けて小さいけど成功した岩手県人なのだ・・と思っています。
実は、この田沢湖に大きな蜂蜜屋さんがあり、そこの社長宅が隣です。
引っ越す前に挨拶したら、私はここではよそ者なんです。もう14年にもなり
ますが・・と。よそ者?、はあ何処の県出身ですか?と聞いたら、上桧内・・。
えっ!!、ここから車で30分程度の所、そこから来て、よそ者?????。
ここは怖い所だな、回りと関わらないようにしよう・・・そして2年半経ち
ましたが、ほとんど関わってません。
この町一番と言うような成功者の蜂蜜屋さんが、何と30分以内の場所から湖畔
に引っ越して、私は14年経ってもよそ者と言われてます・・・には卒倒しまし
た。田舎の良い部分と、悪い部分、ここは悪い部分を持つ田舎だな、慎重に・
と痛感した3年前の出来事。
今度は・・震災・被災地だから、そう言う事は小さいだろうと考えますが、ある
程度の覚悟だけは、して置かないと駄目だろうなあ〜・・。
地域と関わるには、そのような気持ちを奥底に沈め。岩手県人の前に三陸
人と言う小さい枠組みに入らなければならないだろう。やはりマイヤの社
長、米谷春夫氏は中学から盛岡市に住み、そして三重県で働いて来た人、少
しだけ感覚は違う。だからきっと、あの時代、あの頃、一緒に歩き回った
のだろうなあ。
高橋和良君、大船渡に住んだらと最初に言われたのは、何が理由なのか・・
・高田には戻らないと当初言っておられたのですが・・理由は存じてますが
とても書けません・・・。高田に家を建てられる事になったそうです。
やはり産まれ育った故郷に。当初に陸前高田最大の成功者が帰りたく無いと
言わせる理由・・・・。
今、陸前高田市のスーパーはマイヤさんだけになってしまいましたから。
あんなに頑張って復旧し、あの建物が何十人の命を救っても、多くの人達が
今は・・・しか無い・・・、独占だ・・・、高い・・・、あそこにばかり優遇
して・・と言う言葉が出る。
被災して、母を失っても、なお地域にスーパーが無いと食が手に入らないと
インフラが・・と奔走する社長が気の毒だ。心なき事を地元の人は言わない
で欲しいもんだ。
「熱さも喉元過ぎれば・・・」