マンボウまでの道のり

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鈴木盛久工房15代、登場!!。



南部・岩手が誇る鉄器、南部鉄器の最老舗であり、15代と言う歴史が物語る工房、鈴木盛久工房さんと、葛巻林業さん、デザイナー山崎さんと、2006年の最後を飾る忘年会を行った。シャンパン・・・づくし
http://www.suzukimorihisa.com/
15代の熊谷志衣子さん。サーガに南部鉄器のドアノブのデザインと開発、そして製造に於ける一環の仕組みについての指導を頂いて12月頭に完成した。憧れの方だった。だった・・・は過去形か・・今現在も続いている。アーティストとしての熊谷さんと、15代と言う歴史を支えていると言う事と、気品と茶目っ気に対してである。お店も工房もかなり良い。歴史の無い家系の自分には、凄まじく憧れる。
私は、超ど田舎出身なので、小さい頃の家は、蒔きストーブ(しらがみ)で、ひょうたん、のような格好をしてて、小さい方にも、大きな方にも、輪っカが付いてて、真ん中から取って行くと小さい穴〜大きな穴まで開けれるようになってて、小さい方には、いつも南部鉄瓶が乗ってて、冬にはヒューヒューとお湯が煮立って湯気を出していた。大きな方では味噌汁や、芋の子汁を作ったりしていた。私の教育、子育ては祖母だった。小さい頃は父も母も出稼ぎに出ていたからだった。祖母はいつも鉄瓶を使っていた。それが南部鉄器、昔は南部鉄瓶としか呼んで無かった気がするが、それが私との鉄瓶との出会いだった。
産まれた時から、それで水やお湯を飲んでいた。だからさ、血気盛んなのか?君は・・。そうかもしれない。南部鉄瓶で沸かすと鉄分が多く含まれるらしいし、イオンもかなり多いらしい。そう言うと、娘の職場の近くの仙北のイオンは凄い人が入る・・・元気で血気盛んだ。イオン効果は・・関係無いなっ。



これが鈴木盛久さんのデザインである。バラになっている方が盛久さんが全部デザインした。もう一つの桜は私の口を出した物だ。こんな凄い人に口を出したなんて・・・全く私は頓馬だった。これは重厚でお客様には、何これ凄いね重量あるし、高級感が凄い・・ドアが負けてしまう・・と言われる。盛久さんは、もりひさ、と呼ぶ。不思議だが私の上の年代は、ほとんど全員がモリキュウさんと呼ぶ。私がもりひさ・・さんと言うと、和良君、モリキュウなのよ・・と言われてしまう、いえいえ、もりひさ、だってと言うと、違うよモリキュウなの・・と言い合いになる。私は本人に聞いた・・んだ・・と言えば、そうなの、昔しは皆、モリキュウと言っていた・・と言われる。会社名って呼び名・・変わったりするのかな・・・とお思いながら微笑む。私も実はお会いする迄は、モリキュウと呼んでいた。へへへへっです。IBCさんと言う岩手県の放送局があり、私は一時期だけ番組審議委員会の委員をやらせて頂いていた。そこで隣同士だったので、その時に正式名称を覚えた。格好イイ人だな。私はしがないIT屋・・言葉にも気品も重みもあるな・・・とその時は思っていたが、どっこい仕事をさせて頂くと、情熱的、それから何でも聞いてくれる。ウンウンと優しく。しかし裏では大変だったらしい作るのは。でもお顔に一つも出さない。プロだなっ。
俺はいつも音を上げてしまう。そしてついつい、俺ってどう・・・?。天才じゃ無い・・とか言って自分を慰めてしまう。情け無い。鈴木盛久15代、熊谷さんと会う時だけは、紳士でいたい・・・落ち着きと、笑顔と、知的に見られたいと努力している私でした。
どうだろ、写真のこの品の良さ。アーティストだべなっ。イイなあっ。アーティストは。アーティストって何の略かな。 その方々の作品を見て・・あ〜・・って手を叩いて、良いティストだ、と言わせる物事作りをしている方々を言うのかなっ。ああ〜テイスト!!。手を叩く。

written by "no name" [カタノブ !]
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2009年2月9日(月) 13:30

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2006年11月 カタノブが売れた。しかも発売前の初受注!!。




この方が大津工房さんだ。

神奈川県から受注が入った。カタノブの正規発売は12月25日、つまり発売前の受注だった。嬉しい・・・・。東京からも、カタノブの受注が入った。こちらも12月25日前、つまり発売前の受注だったからとても嬉しい。お聞きすると、お若い方の新築と伺った。今、自分達の家を建築真っ最中との事。

何と随分前にインターネットで鉄製のドアノブを探して、100件目にヒットして、設計士の写真の大津さんを通じてコンタクトを頂いた。100件を一個づつ確認して 100件目で見つけてくれたと聞いて、感激した。

全く広告も何もして無かったから嬉しい。予算が無いから開発するだけで相当の資金を使ったので・・・。東京出張の際に大津工房さんに顔を出した。新宿から電車で急行で二時間ちょっと。小田原の手前だった。暖かい日で盛岡との気温のそれとは別格だ。私も一年前までは全国・海外と、週の6割りは飛んでいたのだが、一年近く盛岡にいると身体も順応していて、ここへの出張は久しぶりで、本当に楽しい楽しい旅となった。

http://blog.o2-koubou.com/?month=200611 

到着すると駅から既に遠くに大津さんが立って待っててくれた。温かい出迎え。そして100件も探して我が社の発売前の製品にたどり着いてくれた写真の伊藤さんのドアを見せてもらった。イタリアか何処かの製品で木に鉄の楔が付いている品の良い力強いものだった。そこにカタノブを装着したいと言うお話しを頂いた。その日は会えなかったが、象りキットを送付した。そして写真が届いた。新築の時きに二人の握り象りが付いた南部鉄器の高級ドア・ノブ装着。年齢と共に、あの日、あの時を思い出す。本当にこの仕事を始めて良かった、一年の開発に期間を使った・・・やっと・・・と思った感謝の瞬間だった。現在、漆塗りの最中だ。2007年の取り付けになる。私達がワクワクしている。

伊藤さんには会いたいもんだ。何しろ一番最初の受注の方だ・・・。この先に売れるかどうか解らないが、難しい商品なので、十年近くかかるだろうと覚悟はしているのだが、最初、ファースト、これが当社に取っての最大の記念である。取り付けだけが心配だ。何しろ出来たて商品で実地テストが少なかった・・・。

written by saga [カタノブ !]
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2009年2月9日(月) 13:30

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2007年 届いた写真に心が温まった。



ドアのノブがカタノブになった。ご主人は転勤しており、奥様とお子様が購入したマンションに住んで、時々の帰りを待ちわびている。



メールによると、お子様達は、良く理解出来ないまま、何これ・・・と言うような形で握っていたそうです。そして父の握り象だと言っても、本質的なる理解は先の話し。しかし、こうして笑顔で父の単身赴任中の家には、父の握り象がある。それを娘、息子さんは、握ってみれるのだった。



ん・・・・美人のお姉ちゃんだ。利発な雰囲気。
おい、お父さん・・どだ!!って聞こえて来るぐらいである。




本人からのメッセージの一部を掲載します。

子供たちも、最初は「何これ」と不思議がっていましたが、だんだんと慣れてくると、いろいろと握ってみて非常に受けていました。今はまだ、子供たちにとっては「不思議なもの」としか見られていないようですが、そのうち「何らかの意味のあるもの」として捉えてもらえたらいいなと思っています。

本当にいい記念となるものを頂きまして、どうもありがとうございました。

written by saga [カタノブ !]
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2009年2月9日(月) 13:30

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カタノブ発売直後の受注・・・泣く・・。



発売一ヶ月後、東京からお話しが来た。私と同年代のご夫婦の、奥様御両親の握り象を、自分たちの家のドアに付けると。とにかくキットを送った。そしたら写真が送られて来た。絶句だった。泣けた。両親の形を残して、自分たちの家に・・・。伊藤さん夫婦、そして、この御写真と、全く本当に販売最初のお客様に感動と感激、そして事業を立ち上げるぞ・・と言う勇気、確りやらなきゃと言う責任を頂いた。心に刻んだ・・続けれる会社にならないと・・と。カタノブで感動した私達の年末になった。

ブランド、物創り、お客様に考えさせられた一日となった。郵便が届いた・・・今、開封したら、何と・・カタノブが商標登録になりました、との特許庁からの証書が入って、弁理士さんから届いた。何と言うタイミングか・・

written by "no name" [カタノブ !]
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2009年2月9日(月) 13:30

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