マンボウまでの道のり

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2012年4月25日、白石パンの白石隆専務からフェースブックに。嬉しい!!。

出張帰り、盛岡駅の清次郎で清次郎ラベルの日本酒を、あのおちょこで乾杯NOW。
白石隆、清次郎フェザン店にて、高田松原の福おちょこ・・で乾杯中・・・。

※白石隆氏の投稿文書をそのまま掲載。私の育ての兄のような方。恩人。


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2012年4月26日(木) 15:08

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2012年5月連休前に小岩井農場さんの、ドングリ・コロコロさんに置いて頂ける事に。

岩手県陸前高田市の高田松原海岸の被災した松を、岩手の炭職人に依頼
して、品質の良い炭にして頂きました。それを粉屋さんに持ち込み、微
粉末に加工してもらいました。それを岩手県大船渡市末崎町(碁石海岸近
くの岬先端地域)の津波被災した方々の仮設住宅地にある、集会所に持っ
て行き、被災されたお母さん達に、この炭粉末を、ナノテクノロジィー
食品塗料に混合して、岩手県産の北限山桜を使った木地に、塗り拭き仕
上げを外側に施して頂いてます。
そして、白か黒の南部鉄器製の馬蹄鉄を付けて完成です。

もう500個は作りました。被災地の陸前高田市の高田松原に津波に流され
ず一本だけ残った、一本松蒔絵を漆で描くのが、全く追いつかず・・今ま
で・・100個がやっと、盛岡市の川徳壱番館さんに3月11日から販売コーナ
ーに少しづつ置いて頂いていましたが、5月連休前から、小岩井農場のドン
グリコロコロさん、秋田県仙北市の乳頭温泉・休暇村さんで販売して頂け
る事になりました。

日本酒を美味しく飲む器。それから飲食店では、清次郎のフェザン店さん
に使ってもらっていました。お客様には受け受けなそうです。何処で売っ
ているの?と良く聞かれるそうです。少しづつ販売店さんを開拓して行く
ぞ!!と。蒔絵もやっとこ、完成して来ていましたので・・。

お母さん達も、随分と上手くなりました。寄付も良いですが、仕事として
内職をお願い出来るのも、一つ良い震災地での出来事だなと感じていまし
た。仕事して儲かるって楽しいねと言っていましたっけ。

やっと仕事になりつつあります。昨年10月から準備に入りまして、色々
と紆余曲折し、やっとこ物になりつつあるかなあ〜・・と言う感じかなあ。



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2012年4月23日(月) 12:14

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3月最後の週に、おちょこを塗ってくれているお母さんの旦那さんが亡くなったと連絡。

福おちょこ、高田松原バージョンの売り物に出来なかった最初の練習に使
った100個の二つを坂井フォトスタジオ(陸前高田市内出身)さんに撮影して
もらいました。パンフレットや販促の楯の一本松の写真を提供して頂ました。
素晴らしい写真です。圧倒的なプロの写真はイイ。

ん・・だからプロなんだもんなあ〜っ。

陸前高田市の高田松原の被災した松の木、それを微粒子の松炭にして、大船渡
市末崎町(最端)の仮設住宅の集会所で、65歳〜75歳過ぎのお母さん達に、摺り
込み拭き上げ、上塗りを繰り返して、製品化しています。もう400個はやった
かなあ・・・失敗が100個を超えているから、売り物は300個ギリギリ。150個
は売れて、150個は蒔絵師待ち。持って行けば無くなる状況。




どうして、こう言う仕事が出来たのか・・。

末崎町の仮設住宅に、元マイヤ取締役で末崎(碁石)出身の及川宗夫62歳がお
りまして彼とのアイディアでした。彼は自宅が流されました。息子は大阪や
盛岡市・市役所勤務にいたり、奥様の実家や親類等で家も有り、被災後に末
崎の仮設に入らなくても良い状況を持つ方なのですが、(株)マイヤの社員〜
取締役をして定年退職。

マイヤ・スーパーに勤務時代は三陸地域の方々にお世話になり、支えられて
仕事をした、こんなに世話になって来て、自分だけが家では暮らせない。仮設
住宅に一人で入り、そして色々と地域にやれる事をやるんだと言う事で、現在
仮設住宅にいる方です。

私とはマイヤで出会い26年来の深い友人です。

彼と仮設住宅で話していて、高橋さんは木工やっているけど、あの黒っぽい
漆器は何・・なの・・と言う話しになって、あれは黒拭き漆と言う仕上げで、
松煙の炭を取って、漆に混ぜて塗る(摺り込み拭き仕上げ)物なのです。と教
え、かつ京都の塀とかの黒いのは、松炭を漆に混ぜて塗っているんですよ、
と言いましたら、彼(及川氏)が、ふう〜ん・・それってさ、高田の松で何か
にしてやったらイイのにね、高橋さん出来ないの・・と言われました。

なる程!!ポンと手を叩いて、それは良いですね。ちょっと思案して見ます。
うちのおちょこに塗れないかな〜・・と。

と言う事で盛岡に帰り、色々な友人に話してみました。そうしましたら、その
中の一人、19年来の友人であるデザイナーの山崎文子さんに相談。木材を探す
から・・と、その日の内に盛岡木材商会の塩谷社長に繋がり、俺の所に高田松
原の松の木材がある。と言う事で、交渉しました。何とそもそも盛岡木材商会
の塩屋社長は当社に塗装剤を納めてもらっていましから、知り合いですし取引
先でした。何と・・社長・・と頂きに上がりました。この塩屋さんは、鎌田デ
ザインの鎌田玄さんの紹介で知り合った方です。鎌田さんが良い塗装剤がある
よ・・と。

そして、炭にするか・・どうすんべ・・・。これは岩手県産業振興センターの
佐々木尭さんと言う方に相談してみました。あれで、これで、こうなって・・・と。
解った高橋和良さんの頼みだ、何とか色々と聞いて回るからと。そして数日後
に彼から連絡が来ました。又県の組織からの紹介で、久慈市山形村の有名な炭
職人がいるとの事で、岩手県産業振興センター経由で木材をお渡しして、お願
いしました。仲介してくれた方が久慈に持ってってくれると。但し、時間を下
さいと言う事ででした。そして、良い粉にする会社があるから、そこに頼むか
らと。どれぐらいの粉にすれば良い・・・と、もうコンパウンドに近い、それ
以上の炭にお願いしますと。

それから4ヶ月し、お願いした松原の松が微粉炭になりました。昨年の9月頭か
ら始まり、10月に木材、12月末(24日の到着)になって微粉末になりました。

さて、一般的な塗料に混ぜても、木材に確りと入って行きません。当たり前と
言えば当たり前です。漆器の場合は松煙から炭を取り出すので、もう微粉末所
の話しではありません。もっと細かいです。一般人出来るようにと考えて、食
品認定を取っている、超ナノテクノロジィーで仕上げた、ナノクリアス塗料(鎌
田氏から塩屋氏に繋いでもらって発見した塗料)に松炭を付けて、木地に摺り込
んで見ました。おちょこ木地の外側に塗り込んだ訳です。驚く事に拭き漆の漆
器のように出来上がりました。こりゃ、行けるかも・・・と、大船渡の末崎の
仮設にいる及川氏に持って行きました。結果、おおうこりゃ格好良いかもな
あ〜・・これで酒を飲んだら・・。


よしっと、及川さん、これをこの仮設住宅で仕事が無い、お母さん達でやって
見れないかなあと持ちかけました。ん!!良いアイディアだね、ちょっと何人か
話して見るからと、そこで話し合いは終わり、田沢湖に帰りました。田沢湖と
は往復400キロ、今年は昭和55年以来の豪雪の季節、とても大変でした。1月に
なり、末崎の仮設住宅に集会所が出来るから、そこで何人かに、ちょっとやら
せて見せてと言う事になり、木地は葛巻林業に頼み100個を持って行きました。

65歳〜75歳過ぎのお母さん達に、指導しながら、やらせて見ました。なかな
か年齢も行っている方もいるので、細かい事を言ったり、責めたりしたら、辞
めると言い兼ねないから、とにかくじっくりね・・と言う事で及川氏と共に、
高橋一家も幼児の子供も連れて、笑い溢れる場を作りつつ、やって行った訳です。

あまり最初っから細かく言うと、人間は歳と共に新しい事に挑戦するのは大変
ですし、まして木工?・・塗装?・・・私達で出来るのか・・と言う事で、お母
さん達も、怖々、ビビる、緊張する、力が入り過ぎるで、本当に思ったように
はならず、超高級塗料も凄い勢いで減り続ける、木地だって一つ750円+消費税
の物、激安にしてはもらっているとは言え、100個数だと塗装や炭、なんやかん
やで10万円は直ぐに吹っ飛ぶ・・・。毎週行きながら、引き取り、木地と材
料・塗料を置いて、そして少しづつ指導・・・。

とにかく作業の場には、笑いを絶やさないように、かつプレッシャーを与えな
いで、でも向上させるようにやる。及川宗夫さんも一緒に塗りながら和気あい
あいを続けながら製品化をしていました。そして、「3月11日」の売り出しの為
に、50個ぐらいを前日の10日、川徳壱番館のキューブ店さんに納品しました。

人と人との繋がりで、完成した、福おちょこの高田松原バージョン。
そして、良くも挑戦してくれたお母さん達。新しい事をするのは負担があるのに。
でなくても、津波で被災して仮設住宅にいるのに・・。プレッシャーを感じながら。
本当に良くも夜な夜な集まって、使わない夜に(集会所は皆の場所なのでここで
稼ぐ事を優先しては・・と気遣い)、お母さん達は笑いながらやっていました。
この内職代から、この集会所の運営費にも出すべとお母さん達が話し合って決
めて。確りと回りに気遣いしつつ、そして夜な夜なの内職、そして挑戦となっ
た産物でした。


さてさて・・
午前11時ぐらいだったと思います。説明用の縦(デザインは山崎文子氏、ついた
て製造は鎌田デザイン)を後ろに置き、前に4種類の福おちょこを並べたそうで
す。午後からだと思います。岩手日報さんも面白い商品だからと取り上げて頂
き3月11日の朝刊に乗せるからと言われていました。さてさて11日が来るぞと、
高松の池で子供達を遊ばせて、イオンでげんこつラーメン食べて、雫石を超える頃・・
皆で田沢湖に帰る途中、美栄子さんの携帯電話が鳴る・・・。

川徳壱番館キューブ店さんから・・すみません、並べてみたら明日になる前
に品切れで・・・・。白い蹄鉄の蒔絵入りが。

ヤバイ!!岩手日報の記事が明日乗る・・在庫無しってのはまずい。と一個だけ
ある白い蹄鉄を11日に持って行くが、その時にも、蒔絵入りは全部売れました。

売れなかったら、もしも駄目だったら、末崎の及川氏、お母さん達に合わせる
顔が無いね、そして行きづらくなるね・・あ〜怖いな、怖い怖いと帰る途中で
の出来事でしたから、売れた!!!!。ヤッホー!!。バンザイ!!。やった売れた〜
と車内は大興奮。そんな3月10日の前日でした。末崎の及川さんに即、電話を・・売
れたって。ここが及川氏の良い所で、あっそ・と素っ気ない感じ・・ん??。
もっと喜ばないの及川さんお母さん達にも言ってよっ。ん・・確りとさっ、作
る指導と体制つくらないとさっ、駄目じゃん。これ売れるんじゃ無い・・・。


はははは、26年前と何も変わらないなっ、お互いに。流石に40台前半で取締役
になる人、質実・堅実・細かい、の役員だったから、まずは喜ぶ前に現実を見
ると言う性質の彼。そして、私の電話、まずさっ、ちょっとさっ、喜んで
よ・・。そして彼は、ああ喜んでいるよ、私の顔が見えて無いから解らない
だろうけどもね、冷静な声だろうけど、凄く喜んでいるよ。緩みっぱなしだよ〜。

ははははっっっ・・・・。携帯電話を画像テレビ電話にしないと・・。

今週3月の最後の週初めに、仮設で塗ってもらっている一番年上のお母さんで、
何時もニコニコで一番の力がある真っ黒いおちょこを作っている方の、旦那さ
んが亡くなったそうです。心配かけるから言わないで・・と。塗っている頃に
も、旦那さんが入院したり、危ないとか、色々とあったようですが、その最中
に行っても、楽しい、やりがいあると終止ニコニコと。

聞いて愕然としました。浜の女は強いし、我慢強い、そして明るい。
震災の被害が無い、人災だけの私の一家は何んて幸せかと。緩く生きている
なあ〜・・。

来週は花と香典を持って、黙っていてと言われても・・・出来ない私達は、末
崎に行こうっと。と連絡くれたリーダーさんの気持ちを無視出来ないが、これ
だけは・・・。

こんな感じで出来上がった「福おちょこ・高田松原バージョン」でございま
す。このお母さん達の一人は、実の弟さんが、陸前高田市役所に勤められて
いて、津波の日は流されて、この蒔絵にある一本松の本当に近くの建物に引
っかかって亡くなっていたそうです。

発売前にお母さんが、実はね・・と話してくれました。これを塗って、蒔絵
見ていると弟を思い出すし、弟のように思う・・と。このおちょこに塗る運
命だった人なのかもな・・と思いました。


おちょこは2,950円、仕切りは65%で川徳さんに。
木地は750円(格安)に、蹄鉄350円、特注真鍮ネジが60円切るかな、箱、包装、
それから緩衝剤、炭代金(炭と粉にした外注費)、そして高級塗装は80円ぐら
いかなあ〜。そして、パンフレットデザイン、印刷代金。

そして、末崎の仮設住宅のお母さん達には、一個から400円を内職代金で。

約1,950円の中で・・・ん・・・・まずは当社はイイんです、次の繋げて行
かなければ。

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2012年3月30日(金) 10:10

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2012年3月11日 震災一年 岩手日報社に掲載。

六品目中の一つが福おちょこ。



紙面の雰囲気

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2012年3月11日(日) 12:28

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山崎文子さん撮影、2012年3月10日 川徳壱番館にて。

山崎文子さんが撮影してくれました。
満田颯は五時で寝るぐらい、一週間以上保育園を休むぐらいのウイルス
感染。私も先週の中盤から、超体調不良で、全く駄目・・・・・。
盛岡にも行けないぐらいの体力なので、文子さんが代わりに撮影して来て
くれました。ありがたぃ。今は夜中、今日で震災一年。


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2012年3月11日(日) 02:13

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2012年3月9日 盛岡市川徳キューブ店、壱番館さん、納品。

昨日(金曜日に川徳さんに納品・・・)、キューブ店さんに納品した
のが三時半近く。お母さんの塗りを修正、上塗り、蒔絵だし、蹄鉄
付け、箱詰め、鎌田さんの所に行き、展示台を取り、具合悪く一週
間も休ませている満田颯を連れて、川徳さんに納品に行った。





店長さんが、11日に向けてディスプレイしますとの事。

置いて四時前にちょっと高松の池で満田颯と湖梅ちゃんを遊ばせて、田沢湖
に帰る途中に川徳壱番館キューブ店さんから、美栄子の携帯に電話が入っ
た・・・・・。

一時間半も経ったか・・・。

すみません〜・・白蹄鉄の蒔絵入りが無くなる(既に無くなったと思い
ます)ので追加出来ますか・・・。車内は愕然・・売れると思って無か
った四つのモデルの中の一つは展示一時間で完売。バンザイファクトリ
ーにも在庫は無し。

さて、どうすっか・・11日に持って行けば良かったかなあ・・・。

体調不良が私も満田颯も続き、田沢湖に帰り対応も出来ず・・6時過ぎに
はバタン・キュー・・・と布団に。

体調が戻らない・・・。

寝ていても、頭の中で参ったなあ〜どうすんべっ・・・。

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2012年3月10日(土) 08:43

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天才、山崎文子が合成・・・。

私が金曜日(3月2日)に大船渡・末崎で写真を撮って来て合成しても
らいました。この4人が夜に集会所に集まって、夜な夜な塗ってい
ます。

本当の内職です。

楽しいって言ってくれています。集まって話しをしながら仕事して。
ん・・・俺もかたりたいなあ〜・・・。私は田沢湖で一人で塗って
います。誰とも話し語りも出来ず、磨きも一人でやっています・・
と言ったら、笑われてしまいました。あんや、可哀想だね、ここで
やったら・・と。

ははははは。んだなっ、引っ越したら塗りは、ここでお母さん達と
自分の仕事、我杯の塗りもやろうかなあ。酒っこ持って来て。さて
金曜日までに納品。

明日から蹄鉄付けと箱詰めと。


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2012年3月4日(日) 07:30

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2012年3月2日 大船渡の末崎仮設・福おちょこ塗りチームに行って来ました。

大船渡の末崎仮設・福おちょこ塗りチームに行って来ました・。

なかなか、おちょこですが、お母さん達、失敗も多くって高価な塗料も沢山
使い過ぎて・・・原価が倍近くなってしまいました。こりゃ、当分は弊社の
赤字を増やす為の仕事になりそうですが、頑張りながら指導して早く普通の
原価にします。

彼女達と及川宗夫氏は言ってましたね、復興のお涙下さいの商品では無い
・・・これは。だから、本気でやらないと・・と言ってやっています。
楽しいけども緊張が凄いですと。しかし、やりがいはある。

及川さんの隣、黄色いかっぽうぎ着た、このお母さん、そもそも盛岡にも長
くいた人で、末崎出身なんですが、実の弟が、高田市役所に勤めていて、こ
の松原の近くの、何とかと言う建物にいたそうなんです。

そして震災の日、この一本松に近い建物の中で、建物に引っかかって亡くな
っていた・・・と。昨日、細やかな塗りの指導をしている時に出た話しでし
た。この私の塗ったおちょこ、松の木、このパンフレットの一本松を見てい
ると弟に見えて来る・・・と涙目なって話されました。

だからこの仕事はちゃんと塗らないと・・と思った・・と。

最初に聞いてなくて、さて、売り出すぞ・・と言う時に聞かされてしまいま
した。いやいや、参りました。浜の女は強く凄いなあ。言わないで、私、この
仕事したいです・・と。

皆が嬉しい、恥ずかしい、川徳に・・と言いながら、こんな素晴らしい仕事
を頂いて・・と言いながら、最も感動したのは・・私達でした。

弟に見える松の木、その姿を弟と感じて塗った「福おちょこ」こりゃ、確り
と実績出してやらないとな・・と思わされて日でした。

清次郎のフェザン店で、このおちょこを使って飲めるようになりますので。
田村社長と決めていました。20個ぐらいは持ち込めます。お寿司とお酒の
時に、頼めば出してもらえるように今月中に致します。

売れない失敗塗りの持ち込みになるかもしれませんが・・そこはご愛嬌で。


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2012年3月3日(土) 07:28

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2012年3月11日 川徳壱番館とキューブIIに陳列する福おちょこ。

陸前高田市の高田松原バージョンが陳列します。
岩手日報にも取り上げられて、3月11日の特集号の中に
仮設住宅で塗られている、福おちょこ、川徳壱番館に・・
と写真入りで出ます。

長い・長い・・・道のりでした。
本当に、色々とありました・・・。

蒔絵無しのタイプは3,000円、馬蹄鉄は白と黒から選べる。
蒔絵有りのタイプは4,000円、馬蹄鉄は白と黒から選べる。



箱に入るパンフレット。


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2012年2月29日(水) 07:28

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2012年1月6日 自宅で小さな新年会。

今年初の小さな自宅新年会。仕事の打ち合わせ兼ちょっと飲む。
このおちょこは特別仕様。
まず木材は岩手県産の90年以上の山桜。
塗りは岩手県産の浄法寺漆を朱楽さんに三年半前に塗ってもらいました。

内側は底に純金の桜の花びら。
縁には、トンボ(勝ち虫と呼ばれ、秀吉が信長の真似をして甲冑に付けた)
の蒔絵、紅葉の緑、白ウサギ、をあしらい、持ち手側には、武士道の漆文
字。そして、底には盛岡市の南部鉄器名門、15代鈴木盛久さんのデザイン
された、祖父(人間国宝)の得意だった、ベンガラ侘び寂びの着色した馬蹄
蹄鉄(南部曲がり屋で知られるように岩手は馬と人間が・・・そしてオシラ
サマ)を特注の真鍮ネジで止めた、私自身の為に作った一個だけの、日本酒
専用の福おちょこ。

これで高橋晃さんと乾杯しました。使ったのは彼です。
これは岩手の資産と、持ち手は三次元切削した特別の逸品です。
2度と製造する事はありません。新渡戸稲造をつてにカナダ・ビクトリア市
に会社を作ったのも、今年に陸前高田市に移転するのも、私にとっての武士
道です。

このおちょこの原価は高いのですが、代々と渡して行けるようにと作りま
した。もう一個、どんど晴れのバージョンが一個あります。これは娘用。


先日、気仙沼市から我杯の注文が来ました。住所は島のようです。
形見と言う概念で制作される我杯を、どんな気持ちでご注文したのか・・・と。

武士道。
岩手県出身者が書いた本で、世界各国に訳されていますが、果たして岩手
県人がどれだけ読んでいるのか・・・・。

地元を愛すると震災後に盛んに言われています。その前はどうだったのか・・・・。愚問をして見たい気持ちも時々湧きます。


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2012年1月6日(金) 22:52

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マンボウまでの道のり