マンボウまでの道のり

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男の冷麺とマーケティング 1/4



男の冷麺に行き着くまでの話しをしましょう。
ある日、ギターとデザイナーさん縁で私の所に、製造元の粉夢さん達がいらっしやいました。ギターを肴にお酒を飲もうと言う事で時間は進んで行きました。彼の所有しているギターはクラシック・ギター。何と・・・・!!・・・イグナシオ・フレタだった。状態は素晴らしい状態。ミントと言っても良い。市場価格は 300万円以下と言う事は無いだろう。そのギターを手にしながら、飲んだ。楽しいギター談義だった。彼らは製麺の小さい工房をやっており、冷麺も作っていた。

その内に冷麺について・・私はこう思う・・・言い出してしまった・・。プロフェッショナルの前ではしたない。ガキっぽい自分に恥ずかしい事だった酔っているとは言え。
しかしその後、私は気になってて市場調査を始めた。いつもの事だが、私は自分の知識や経験にそれ程に自信がある訳では無いので、経営手法については、習った通りのやり方を組み合わせる。まずは調査だ・・と。結果面白いデータがでた。冷麺は70%以上近くは、女性が好んでいたと言う事実が出た。これには面白いと思った。
焼肉を食べて冷麺・・と言う事は多くあるが、確かに冷麺だけを好んで食べに行く、それは女性が多く、買って家で作るのも女性がかなり多・・と出たが、心当たりはある。この調査結果は、男の冷麺が発売直前に県南のチェーン店の社長さんに伺って、全くもって調査通り、いや、それ以上と知る結果になった。BSE 問題で大変な打撃を焼肉チェーンは受けた。当時は本当に辛い局面だったそうだ。私の大好きだった、吉野家もそうだったが、あれ以来・・私も行って無い。まあ盛岡には店舗事態が少ない。この一年、盛岡にべっ・・・・・たりいるので盛岡事情を知るには良かった。
昼食で冷麺で女性を確保出来ると、夜とか休日に、男の人達を連れ立って、家族を連れ立って来る。あまり男中心型だと家族を取り込めない。女性に受けるには、やはり冷麺なのだ、冷麺は岩手では非常に味・品質・それらに気を使うのだと。
調査して二ヶ月目ぐらいだったが、自分が調査した結果に裏づけがされたようで、とても安心した。
その後、製造をしている工房会社をさん株式会社にすべく、少しばかりの支援と、登記の手伝い小原がした。会社として確りと運営しようとなって、何度も会社を設立して来た、小原が指導に当たり、登記の手続きをしたのだが、面白い定款になり、登記の書類になった。これは、いつか粉夢さんがブログを書くのを期待したい。とても青い思い出になった。青春って感じかな。それから商品開発、ヒット商品作り、ブランド作りについて、話すようになった。
ここからは、ちょっと冷麺や仕事と離れた余談だが・・・。この会社は、なかなか素晴らしい家族関係だ。娘達が父・母を思い、大学を休学して手伝うと言うぐらいで、親思いなのである。最近はなかなか聞かない少ない話しである。
私の事務所(アイディア想像の為に飲む場)のダイニングで話す時も、親に付いて来て質問をして来るし、勉強をしている。誠に恥かしい話しだが、私の娘は、父は父の仕事、会社の仕事には関係無いと言うスタンスであった。まあ家内がそうだったから三人娘も同様な感覚になるだが・・・・。

written by "no name" [男の冷麺]
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2009年2月9日(月) 13:30

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2006年12月25日の男の冷麺発売初出荷。2007年は粉夢さんに移管した。



男の冷麺を企画して、発売日を迎えた。
クリスマスなのだった。この箱詰め、送る作業、楽しい!!!の一言。
遠くは九州、沖縄もある。2007年からは、完全に粉夢さんに移動した。
よって今は、売れても一切利益は当社には入らない。それが本当の姿だろう。しかし、ここまで立ち上げるのには、本当に二ヶ月程度で立ち上げた。食品の経験は、あまり無いのだが、笑える事には、自信はある。と言うか、私には、それしか無かった。商品名、パッケージ、ほんの、一寸のアイディアのみ。後は天才麺師の菊池眞一郎氏が考えて作った。

一通り終えて、私達の手元には、商標と、実用新案、株だけが手にある。いや違う・・・間違いだ・・・。粉夢さんの希望、夢を描い日々、それを実践したと言う意味合いに於いて、多くの経験が残った。これはお金には換えがたかった。

私は男の冷麺を食べ過ぎて、トイレで翌日、痛い思いを何度もした。

何だか、箱詰めが無いのは寂しい。もう少しするとコンビニで並ぶ可能性が出たらしい。北日本銀行の南大通支店長が動いてくれた。是非ともブランドに育って欲しい。

この25日を、いつも思い出すような、息の長い商品に育って欲しい。記念日となった日のワンショットである。あ〜・・又、食べたくなった。

しかしトイレが怖い・・・。

written by saga [男の冷麺]
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2009年2月9日(月) 13:30

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男の冷麺とマーケティングについて。4/4



私達では楽しくやった。そしてパッケージの案も良好。さて、直ぐに真似をされたら、製造元が可哀想だ、申し訳無い。守る為には、特許だ。商標だ。相当の経費は覚悟しなければならない。時間もかかる。岩手県唯一の弁理士、特許事務所の先生だが、私は、いつも言い合ってしまう・・・・。随分と迷惑を掛けた経験がある。
お願いしたが、大手の食品メーカーが、かなり色々と抑えていた。かなりもめて商標も取っていたのがある。類似が心配だ。先生と何度か話し合い、リスクを覚悟で、提出した。そして製造は実用新案から特許に転換出来る方式を選んで出した。時間の短縮を考慮しての事だ。金も沢山かかった。

まあ最悪、商標だけは押さえたい。

そして12月25日、クリスマスの発売に漕ぎ付けた。ラクラと言う月刊誌にも広告を見開きで出す事に。思えば、超特急のスピードで何もかも、やっては見たが、今さらながら、実力不足を痛感した。しかし二ヶ月で総てを揃えた。良い経験になった。来年は私は、国にも絡んだ仕事や大学の仕事をする可能性が高いのだが、本当に勉強になった。これを学生に伝えるチャンスがあれば良いものだ。
他から次なるブランド化、ヒット商品になる可能性を持つ物事作りの依頼がきた、我が社の我杯・カタノブ、それからドリームアクセス社のヤギー (Yahgee)、その他新製品の概念作りを、ビートルのカブリオレや、カヤックに載って、構想する楽しみに胸を躍らせる。岩手は美しい所だから。ビートルズやフォークを聞きながら、人間なんて・・ラララララ。

written by "no name" [男の冷麺]
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2009年2月9日(月) 13:30

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男の冷麺とマーケティング 3/4



しかし、私にはこんな思いがあった。いつも東京とか関西にいたので盛岡から冷麺を土産に買って行く事は当然だったのだが、こう言われる事があった。去年もらった、前回もらった冷麺と味が違うんだけど、盛岡冷麺って、皆同じじゃ無いの?。同じ味を皆で作っているのかなと。多少は違うだろうけど、結構、違うかったよ・・・と。前の方が美味しい・・とか。そんな類の事である。

なる程なっ。盛岡冷麺と言うブランドではあるが、ある意味、それは概念ブランドなのでは・・・・・と。商品名として一人歩きしている訳では無い。例えば、岩手なになにとか、清酒南部なになに、とか、そう言うのでは無いもんな・・・確かに。岩手は酒所、杜氏の里、叔父も杜氏をしている。考えれば考える程、南部杜氏は地方ブランドだが、酒の銘柄一つ一つに、ヒット商品とか、顔となる名前がある。

ん・・・・・・・・・・・・・・と手を打った。冷麺に、何と言うか、パンチの効いた、誰でも聞いたら忘れられない、商品名、それを付けて、盛岡冷麺と言う枠組みでは無く、冷麺と言うカテゴリーで、地場産と言う感覚では無く、チップス業界の、ポテト・チップス、カラムーチョ、リポビタンDとか、そう言う聞いたら、カキーンと来る商品名と、頭に直ぐに浮かぶ、デザイン。これが必要だなっ。
そしてデザインをする事になる山崎文子氏と、皆で飲みながら、構想を練る事になるのだった。


急激に「男の冷麺」だべっ。と出てしまった。

商標登録だ・・・。製造会社さんからはサーガでやったらと言われて、まずは私は挑戦だな。商品企画開発デザイン会社としては。木、コンピュータソフト、鉄器、小説、音楽CD、色々な分野でヒット商品の提案を出来る、ヒット商品企画メーカーになりたいと思ってやった事、これは投資しようと思った。
て、麺にも個性だな。辛いとか。カラムーチョ見たいな・・・・と。そして製造会社の顧問が、乾麺で一度だけ実験した事がある。辛しをまぜる。それを生で、いいね、だったら・・・・こうしたら・・・ん・・・解った、ゃって見る。辛さはこんなレベルまで上げて、長く煮ないと・・いや、いいですよ、長くたって、面白く美味ければ。イラストレーターデザイナーを呼んで、飲みながら、ねえねえ、こんな感じの絵にしてさっ、こう言うスタイルで・・・毎週二日に1回と言って良い程、飲み、食い、しゃべり、サンプルが出来た。サンプルにかかる費用もテスト用も総て、こちらで出した。それが企画する側の責任だからだ。サンプルはそちらで作って、そっちの経費で・・・と言うのは、性に合わない。

美味しい・・・・・こりゃ行ける。試食会だ!!。日本中の知り合いに送った。盛岡市でもやった。

やはり男は、良い、これはもっとパンチ・・・が欲しいとか、色々と言われたが、女性は辛すぎるとか、もっとまろやかに・・・とか色々と出た。男の冷麺のアイディンティティーを作るのは、やはり個性的で良しとして、スタートだなと。女性の意見は参考になった。つまり違うなと言う意見も多かったからだ。男側は、ほぼ90%は、これは癖になるな・・・と言う話しだった。

written by "no name" [男の冷麺]
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2009年2月9日(月) 13:30

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男の冷麺とマーケティング 2/4



彼らはいつも親子で来て、父同志は飲むはギターを弾くわ・・。あげくの果てに山荘に泊まってカヤックをやる始末になった。娘も奥さんも、父をかなり認めていて、いつも支えている。私は家内に誰が、貴方を立派にしたの・・・と言われる始末であるが、まあ事実でもあるので何も言えないが、この家族と父への尊敬をしている姿は、正直な話し、私には、羨ましい×100と言う感じだった。

ある時、高橋さん父は凄く頭が良いのだと言う。私の娘は、正反対を言うだろう。お父さんはダラシなくって、まあ飲むし、しゃべる。裸で風呂から出て来る。子供が小さい時きは、プルンプルン・・・と、そんな事をやっていた。何を・・・ん・・・・そう言う物をヘリコプターと言って風呂上りに回した。軽蔑もされるのは当然。
しかし、私は言いたい。これで君達は出来たのだ、あがめろ・・・これは神なのだ・・・と。失礼・・・こんな話しを出して。岩手では男根を神としてあがめている神社が沢山ある。こんせい様と言う。

しかし、こうも考えた。このような御家族と共に、私も家族を連れ立って過ごす事をすれば、私の娘にも勉強になるだろう、そう考えるようになった。それは良い考えだろうと、入れ込むようになった。そして多少なりとも、娘達は影響を受けた。

さて、麺の話しに戻ろう。やはり、このフレタ菊池と言う人は麺作りの天才だと私は思った。要するに好きこそ、ものの上手なりと言うが、そこをも超えていると感じた。
私が東京のある大学の社会人大学院での、来賓講師として呼ばれ、一度やった時の直後にその関係者から聞いた話しを思い出した。関東の豆腐メーカーの話しと、夜食やらお湯やお茶をかけて食べる物のマーケティングについての話しだった。それらの商品は、二代目、三代目が後を継いだ時に、売上げが伸びて無く、むしろ下降。そんな中、市場調査をしたら、同様に女性のマーケットだったらしい。
特に豆腐は、そのまま食べるのは圧倒的に女性が多く、麻婆豆腐にしたり、味噌汁、つまり料理したのは男女云々は無く、素の状態でひややっこ、とか家庭で食べるとか、美食、健康食的感覚は、やはり女性だったと。そのマーケット調査の元に、男らしい豆腐も出そうとなったと伺った。
この話しは本当か、どうか・・・解らないが、この類の話しは沢山聞く事はある。思いもよらなかった事実。これがマーケット調査、MRをして楽しい時は、色々な事実を知る所にある。
そして男らしいデザインと、男らしい名前、男・・・と言うテーマで切り込んだら、売上げが何倍にもなったと。

私は冷麺の市場調査をして、直感的に思った。その豆腐のように、カラムーチョのように、少年ジャンプのように、男が楽しむ商品開発、これが面白い。そして、直感的に思った。全員に受けなくて良い。狭い市場でも良い。その中で商品名が出る、ブランド作り、これこそヒット商品企画構想企デザイン(絵・紙・媒体と言う意味では無く、経営構造デザイン)メーカーになりたくて、ポルシェ・デザイン社のような会社を目指して、我が社は創立したばかり。サーガの麺業界へのブランド作りのお手伝いの実績が出来るかもなあ〜と。

そして、こうも思っていたから火もついた。盛岡冷麺と言う言葉だ。盛岡冷麺をブランドに・・・と岩手は走って来た。そのお陰で盛岡は冷麺だべっ。とまで言われるようになった。素晴らしい貢献だ。その先人には本当に尊敬する。

written by "no name" [男の冷麺]
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2009年2月9日(月) 13:30

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