マンボウまでの道のり

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来年は三陸で、この子達をサーフボードに乗せるぞ〜!!。

タウカンの8フィート、ミニロングです。

私の50歳の誕生会の飲んでいる途中でのボード乗り。
湖梅・・・様になっている。


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2011年10月27日(木) 20:48

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2011年10月28日 三重で初学会発表の為に行く。50歳の誕生日の日だ!!。

今週の誕生日祝いに、三陸で30年振りにやる為にボードを買いました。




50歳になって、サーフィンを始める事に。ディックブリューワにするか・・・
タウン&カントリーにするか悩みに悩み・・・ミニ・ロングボードとしては
初心者向きのタウン&カントリーにしました。さて人生の波をキャッチしな
いと・・。



しかし、30年経って、今からのサーフィン・ライフを書く日が来るとは・・。

私の年代が涙する映像とルーツのDVD映画
http://www.youtube.com/watch?v=jjq3-wk5uGE&feature=related

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2011年10月24日(月) 20:03

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1984年の川尻海岸での大会だった。



車は当時、AE86トレノ、アペックスに積んでいた。
サスペンションは、カヤバに換えて、海に一気に向かう。

真ん中が私。今の時代も、それ程には、ウエットにしても、何にしても、変わって無い。変わったのは、自分だ・・・。

まずは、左から海に入る。
大会の合図は、笛ラッパ。
右にテイクオフから、ボトムに降りている。
ボトムでターンして上に上がろうとしている所。
二回目のカット・バックをした所。
又、戻る所。結構・・・カットして戻っている。
そして終わって、レイトアウト。
海から上がる所。
車に積んだ所。何でボンネットを開けているのか忘れた・・。

ウオッシャー液の補充かな。塩で窓が白くなるので、夏でもウオッシャー液体を結構、使う。

そして、今日は入賞・・・は・・・駄目だった。
情けない・・・っ。

ボードは当時、釜石市にあった、サザン・アイランドさんから、トライフィンの172cm。ウエットスーツは、ジグザグ・ウエット・スーツの、コンペテション・スプリングだった。

オニールの芸当だった形のウエットで、当時は、プロが良く着ていた。
あああああっ・・・・・・戻れる事ならば、戻りたい・・あの頃に。

「あの日に帰りたい」

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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Go for it 振り向くな!



1986年にオーダーした、私のサーフボードです。
これで鴨川の大会、東北地区の大会、西側にも進出した、思い出のボードです。入賞も果たした記念の、ディックブルーワー、長さ191cm、幅48cm、シェイパーは小川昌夫氏がハワイにて削ったボードです。クラークに近いフォームです。フィニッシュもサンディングのみ、超軽量です。

当時、80年代はサーファーは岩手には少なく、雑誌すら殆ど売って居なかった。そんな時代だった。サーフィンライフに乗っていた言葉だったのだが、私はそろそろ独立して会社を創業する頃だったので、単純なサーフィンの言葉だけとして、記憶に残った訳では無かった。

Go for it  振り向くな!

大きな波になれば、なる程、ボトムと言う底は、深く暗く、サーファーを飲み込むような所に見える。やはり大きな波では、たじろぐ事も多い。そこが、プロとアマの、差の一つであるのかもしれない。

調子が良く、精神的に勢いがある時は、うねりの状態からパドルをして、テイクオフし、ボトムに一気降りる。そして腰を下ろし、太ももに力を入れて、トップに駆け上がる。波の先、ここをリップと呼ぶのだが、乗り上げて、ターンする。オフザリップと言う技だ。すると、しぶき(スプレー)が上がる。そのままボトムに向かうのだが、途中でビューンと前に出て、カットバックと言う技で、白い波の泡に戻る。そんな繰り返しをするのが、最高の瞬間だ。

チューブなど、なかなか無い。この「Go for it 振り向くな!」は、テイクオフする瞬間と言う意味だと私は理解した。後からもっと大きなのが来る・・と言う事を考えれば、後の波にしようか・・・と迷う。大きな波だと怖いと一瞬たじろぐ。底に降りずにショルダー付近からターンをしてしまう。

「Go for it 振り向くな!」この波には乗り切れないと言う迷いの意味も、いや行くぞ!と言う決心も。あらゆる意味を含み、自分に決心を一瞬の後に迫る。

北東北の初冬では、スプレーで虹が良く出る。

事業家になり、サラリーマン時代が時々、懐かしくなる。仕事を終えて、何も考えず、パーっとサーフィンに出かけていた頃が。そして波に乗るにも、あまり躊躇しなかった。思い切りが良い。

結果としてサーフィンを辞めるのだが、大きな波の時は、危ないかな・・・とか、子供も岸辺に残しているしな・・とか、テイクオフする時に、エエイ!!とはなれなくなった。そしてボトムにも、深く降りなくなった。半端な所でターンする。そして私はサーフィンから身を引いた。

今、ビジネスでの、Go for it 振り向くな!と言う局面が来たら、僕はビジネスの深いボトムまで降りれるだろうか。そして、足腰(ビジネスマンとしてのスキル)に力があるのだろうか、そして美しいスプレー(実績)を飛ばせるか・・・。一度安泰を得て、楽して、チャンスが来た時、自分はビジネスマンとして、最高のビジネスの波乗りを出来るように、日々、己を鍛えているだろうか。自問してしまう。

         Go for it 振り向くな!

思い出して、最近、胸が熱い・・とめられない。1996年冬

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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2009年はサーフィンを20年振りに始める。

カリフォルニアは最高です。
http://jp.youtube.com/watch?v=e7XeTlXj7XQ&feature=related

こう言う曲を聞きながら・・・海辺で生きて見たいもんだ・・・
http://jp.youtube.com/watch?v=ECO5qcSFHiw&feature=related


written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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盛岡市の日本酒メーカーの社長さんから、懐かしいVTRをお借りした。



盛岡市の老舗酒造メーカー、あさ開の村井社長さんから、私にと、ビデオを持って来てくれました。おっ・・・と、これは・・あれ・・・ですね・・・をお借りして、見ましたら。



あの時代に帰ってしまって。



ネットで検索したらDVDが一年前に出ていました。
やはり、時代を懐かしむ人も多くなった歳なのか・・・・嬉しい。

今、見返しても新鮮で、美しく、何か時代の盛り上がりを感じていまいました。
あさ開の社長さんは、何とアウディーのオープンツーシーターで工房に来られて、私に渡してくれました。

火に油を注がれて、私は燃え上がりそう・・・。

今、工房をやる上で、この社長さんの言葉が支えの一つになっています。

仮に1000人に1人しか好きになってもらえなくても、世界規模になれば、沢山
の人が、お前の考える商品を好きになってくれるぞ。なあ、高橋君。頑張れ・・・。

これが今の工房・全員の、支えの言葉でやんした。

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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1983年の大会にて、惨敗・・・



ここも川尻海岸だった。この頃は、久慈市の半崎海岸(今はもくらんぴあ)が大会の場所として良く、使われた。右下の写真が、大浜海岸で、なかなか当時は沖で大きな波の立つ、良いポイントだった。

土日には、いつもこの辺りの海岸にいて、お金が無いからテントを張って泊まって、早朝の日の出からサーフィンをして、くたくた・・・になって浜に寝て、起きて、おにぎり食べて、又、入る。

たった一人で海にいる事もあるぐらい、サーファーの少ない・・居ない時代だった。特に春秋は本当に少なくって、一人で海に浮いていると、サラーリーマンの大変な仕事を忘れて、波にもまれて、本当に楽しい休日を過ごした。

釣り、カヤック、自転車、オープンカーと違い、台風が好き、雨も全然、つまり荒れた方が良い場合がある。今、思えば、オールシーズンのスポーツだった。とにかく、波と戯れて、夕方に盛岡に向かうと、山を越える頃は、赤い太陽を真正面に見て帰る。

本当に素晴らしい思い出ばかりのサーフィン人生だった。
酒も飲まず、足腰鍛えたり、健康的な趣味だった。

大浜海岸は、広く、砂浜で夏は笑い声ばかり聞こえた。

「夏をあきらめて」

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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久慈に、もぐらんぴあ、出きる前が、もっともサーフィンのメッカだった場所

ここは、1月1日にサーファーがいる場所、半崎海岸が、手が入る前だった。



1983年の1月1日の正月にサーフィンに来た写真が、雪に佇むトヨタAE86のトレノ、アペックス、ローン48回払いだ。

1月1日の元旦、日の出サーフィンを合計、6回やった。ここは久慈市の半崎海岸である。その右隣は、波板海岸に行く時に朝日に出会い、宮古から出る所で撮影してもらった。弟のカメラで取った。私は19才の夏だった。

波板海岸に波が無い時は、何と・・久慈まで移動した事がある。若い・・・
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何時間でも、波を求めて車で移動して乗った。そして、真夜中に家に帰り、風呂に入って、そのまま会社に出るなんて日々が続く。

岩手は美しい所だ。とにかく、海、山、川、何処もかしこも、美しい。そんな風景を見ながら生きたら、とても美しい心になれるような気持ちになる。

そして月曜日から、おはようございます。
ハイ!!っ。何々様ですね、了解しました。即刻、お伺いさせて頂きます。

と1週間が、始まった。

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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1982年、ツインフィンの特注ボードで川尻で良い思いをした。

朝の五時半ぐらいだった。急に波が立ち始めた。
その後、どんどん大きくなって、11時過ぎには、かなり上手い人しか、もう入れない程になった。ダブルを越えていた。



しかし、綺麗な波である。
45才の手習いで、又、始めようかな・・・・・・・。
ロング・ボードでも。

この時のボードは、ドミンゴの6チャンネル・ツイン・フィンだった。
解る人しか、解りませんよね・・・。

written by saga [サーフィン]
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2009年2月9日(月) 13:30

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